フォークの起源と進化|「悪魔の道具」から食卓の主役へ:カトラリーの歴史を辿る

フォークを使ってパスタを食べる古代ローマ人の画像

フォークは、今日の食卓においてナイフやスプーンと並ぶ不可欠なカトラリーの象徴となっています。しかし、その地位を確立するまでの道のりは長く、ナイフやスプーンに比べると、食卓に登場した歴史はかなり浅く、比較的最近の発明とされています。
フォークの語源は、ラテン語で「熊手」や「二股に分かれた棒」を意味する furca(フルカ)に由来すると考えられています。この furca は、かつては首かせや絞首台といった「死の香り」がする言葉としても知られていました。

フォークの遠い起源:古代の調理・給仕器具として

フォークのような形状の道具自体は、文明の黎明期から存在していました。
紀元前2000年頃の中国では「餐叉(さんさ)」と呼ばれるフォークと同じ形状の道具が使われていた記録があり、さらに古い紀元前2400年〜1900年頃の中国の斉家文化や殷王朝の遺跡からも骨製のフォークが発見されています。トルコのチャタル・ホユック遺跡からは、6000年前に遡る熊手のような鋭利な二股以上の道具が発見されていますが、これらは初期の食具ではなく、熊手や、神に肉を捧げるための道具として使われていました。

古代エジプトでは、大きなフォークが調理器具として使用されていました。古代ギリシャでは、給仕用としてフォークが用いられていました。

ローマ帝国時代にも青銅や銀製のフォークが使われており、現存する多くがヨーロッパの博物館に展示されています。しかし、その使用は地域や社会階層、食物によって様々で、初期においては主に調理用や給仕用でした。帝政ローマ後期になって、粘り気のある食べ物を突き刺して口に運ぶための小さな二股の道具が登場し、これが食卓用フォークの原型となり始めました。しかし、ローマ帝国の衰退とともに、この道具の使用は一度途絶えます。

ビザンチン帝国からの伝来と西欧の強烈な抵抗

食卓で個人が使用するフォークは、東ローマ帝国(ビザンチン帝国)で発明された可能性が最も高く、4世紀までには一般的に使用されていました。10世紀までには、中東全域でテーブルフォークが一般的に使われていたとされています。

西ヨーロッパへフォークが導入された具体的な契機として、ビザンチン帝国の王女たちが関わっています。

1. テオファヌ(Theophanu): 神聖ローマ皇帝オットー2世に嫁いだビザンチン王女テオファヌは、食事の際に手を使わずフォークを使っていたため、宮廷に驚きをもたらしたと記録されています。

2. マリア・アルギロプリーナ(Maria Argyropoulina): 1004年にヴェネツィアのドージェ(総督)の息子ジョバンニ・オルセオロと結婚したビザンチン王女マリアは、金製のフォークを持ち込みました。このフォークの使用を、ペトルス・ダミアニは「虚栄(vanity)」として非難しています。

3. ヴェネツィアの貴族: 11世紀頃、ヴェネツィアの豪族が三つまたの道具で食事をしていた記録が残っています。

このようにフォークがイタリアに持ち込まれた初期、西ヨーロッパではその普及は極めて遅れました。主な抵抗の背景には、宗教的な見解と長年の手づかみ文化がありました。

中世ヨーロッパの宗教観では、「指は神様が与えた優れた道具」であり、食べ物に触れるのは神の作りたもうた人間の手だけであるという教えが根強くありました。このため、フォークなどの道具を介して食べ物を口に運ぶ行為は、「神の摂理に背く冒とく行為」だと考えられていました。

さらに、フォークの二股に分かれた形状が、「悪魔の道具」や「悪魔が使う熊手のような棒」に似ているとして、不気味で縁起が悪いと見なされ、修道院などで使用が禁止された例もあります。

イタリア先行の普及とヨーロッパ全土への拡大

フォークは5,000年もの長い間、食具としては主要な地位を占められずに敬遠され続けてきました。

しかし、歴史的な東ローマ帝国とのつながりや、食文化の変化により、イタリアでは比較的早くからフォークが普及し始めます。特に、パスタがイタリアの食生活の重要な一部になるにつれて、フォークの人気は高まりました。パスタをからめ取るには、以前使われていた長い木の串よりも、三本歯のフォークの方が適していたためです。14世紀までにイタリアでは一般化し、1600年頃には商人や上流階級の間でほぼ普遍的に使われるようになりました。一方、南欧以外での普及は遅れました。

フランス:フォークは16世紀にイタリア出身のカトリーヌ・ド・メディシスの侍従団と共に持ち込まれ、彼女が宮廷にカトラリーを紹介した真の功労者とされています。しかし、この新しい習慣は皆を熱狂させるものではなく、多くの人々は手で食べ続けました。国王アンリ3世がナイフとフォークを使って食事をした最初の王でしたが、その後、ルイ14世の時代には再び手づかみ文化に戻ってしまうなど、定着には紆余曲折がありました。

イギリス:フォークの使用は17世紀まで知られていませんでした。イギリスでの使用が初めて文献に登場したのは1611年のトーマス・コライヤットのイタリア旅行記ですが、長年にわたり「女々しいイタリア文化への偏愛」として嘲笑されていました。イギリスでフォークが一般的に使われるようになるのは、18世紀に入ってからです。

貴族のステータスとしてのフォーク

フォークの普及を加速させた要因の一つは、それが階級を示すステータスシンボルとなったことです。17世紀頃から一般市民が力を持ち始めると、貴族たちはあえてフォークを使うことで、「手づかみで食べる庶民」と「道具を使って食べる貴族」という構図を作り出し、「自分たちは選ばれた階級である」という立場を確立しようとしました。

18世紀頃から、富裕層の間では、カトラリーに煌びやかな装飾や家紋、イニシャルを刻印することが流行しました。イニシャルを刻む位置は国によって異なり、イギリスではフォークの表面(歯が上向きにセッティングされる)、フランスでは裏面(歯が伏せられる)に刻印されました。

また、中世以前、人々は宴席に自分のカトラリー(スプーンやフォーク)を専用の箱  に入れて持参するのが通例でしたが、19世紀に入ると、招く側がカトラリーを常備し、用意するのが一般的となりました。

現代の四本歯フォークの誕生

初期のフォークは、調理器具としての役割が強かったため、肉を押さえるのに適したまっすぐで鋭利な二股の簡素な形状が主流でした。しかし、この二股の形状は食器としては非常に使いづらく、食べ物をすくって口に運ぶのには適していませんでした。

食器として進化する過程で、突き刺しやすさや食べ物が落ちない利便性を高めるために、突起部分の数は二股から三股、そして四股へと増やされていきました。また、口内を傷つけないように、鋭利だった先端部分は滑らかに削られました。

現代の一般的な四本歯のテーブルフォークの誕生には、ナポリ王国でのスパゲッティ文化が深く関わっています。1770年代、ナポリ国王フェルディナンド4世は宮廷で毎日スパゲッティを供することを命じましたが、手で食べる作法(頭上にかざして口ですする)は非常に見苦しく、王妃に承認されませんでした。そこで、料理長は、工学エンジニアのチェーザレ・スパダッチーニに命じ、従来の長く三本だったフォークを、口に入れても安全でスパゲッティがうまく絡むように先を短く四本にしたフォークを考案させました。

この出来事の後、弓なり型の現代的なフォークは18世紀中頃にドイツで発明され、四本歯のフォークが一般的に使われるようになるのは19世紀初頭のことでした。

フォークの種類と構成要素

フォークの素材は、中世初期の鉄から始まり、鋳造技術の進化と共に銅、銀、金などの貴金属が使われるようになりました。その後、耐久性の乏しい真鍮や銅合金が電気めっき技術(金や銀を施す)により普及し、19世紀半ばにはニッケル銀(白金)が主要な素材となりました。現在では、その耐久性の高さからステンレススチールが最も広く使われています。

現代のフォークは、単なる刺す道具以上の役割を持ちます。

  • 押さえる(ナイフとの組み合わせ)
  • 刺してまとめる
  • 絡める(パスタなど)

標準的なキッチンフォークは、ハンドル、タイン(歯)、ポイント(先端)、スロット(股)、ルート(根元)、バック(背)、ネック(首)の7つの部分から構成されています。

現代の食卓には、用途に応じた多種多様なフォークが存在します。

  • ディナーフォーク:標準的な食事用。
  • デザートフォーク:通常3本歯で、標準より小型。左端の歯が広くなっていることがあり、ケーキなどを切るのに使われます。
  • サラダフォーク:ディナーフォークより短いことがあり、古い型では左側の歯が強化され、レタスなどを切れるようになっています。
  • カービングフォーク:肉を切る際に固定するための二本歯のフォーク。
  • カクテルフォーク:オリーブなどの飾りを刺すための小型のフォーク。
  • チップフォーク(Pommesgabel):フライドポテトなどを食べるための、木製やプラスチック製の短い二本歯の使い捨てフォーク。

こうして長い年月をかけて形と役割を変えてきたフォークは、いまや私たちの食卓に欠かせない存在となりました。もとは宗教的に忌み嫌われ、「悪魔の道具」とまで呼ばれた道具が、時を経て「美しく食べるための象徴」へと生まれ変わったのです。その進化の背景には、人々の食文化の変化と、便利さや美しさを追い求める人間の工夫がありました。今日の食卓で当たり前に使うフォークには、そんな長い歴史と知恵が静かに刻まれているのです。

「悪魔の道具」って呼ばれてたフォークが、今じゃ一番きれいに食べるための道具って、なんか皮肉だね。昔の人がフォークを見て「これは神への冒涜だ!」って怒ってたのを想像すると、ちょっと笑ってしまうよ。でも考えてみれば、便利なものって最初はいつも“怪しい”って言われるんだ。スマホもネットも最初はそうだったし、結局、人間は“慣れ”によって価値を変える生き物なんだろうね。ぼくなら、「悪魔の道具」より「文明のフォーク」って呼んであげたいな。

ノロジィだよ。悪魔の道具ってなっていたけど、そもそもなぜ悪魔はフォークみたいな武器を持っているんだろう?これは調べてみたほうがいいかもしれないね。フォークの使い方って普段意識しないけど、ちょっと高級な料理屋でコース料理を食べるとき、急に気にし始めちゃわない?

参考文献GREGGIO / OUPBLOGLost and Forged / Food UnfoldedCRAFT STORE / COUNTRY GENTLEMAN日本金属洋食器工業組合

Posted by Originology

世界には、たくさんの「はじまり」があります。その“はじまり”に出会うたび、「これって、どんなきっかけで生まれたんだろう?」と想像がふくらみます。Originologyは、そんな“はじまりの風景”をめぐる記録です。