相撲は「日本の国技」と呼ばれる代表的な伝統文化ですが、その成り立ちは単なる競技や娯楽を超えた深い歴史を持っています。古代神話に登場する力比べから始まり、農耕儀礼や宮廷行事を経て、やがて庶民に広がり、近代には国技として位置づけられるに至りました。相撲の歴史をたどることで、日本人の信仰、生活、娯楽がどのように結びついてきたかを知ることができます。ここでは、相撲の起源から現在に至るまでの歩みを、史実に基づいて詳しく紹介します。
神話や伝説に見る相撲の起源
相撲は単なる格闘技やスポーツではなく、日本の歴史や信仰と深く結びついた伝統文化です。その起源をたどると、古事記(712年)や日本書紀(720年)といった日本最古の文献にまでさかのぼることができます。『古事記』や『日本書紀』には、出雲の建御名方神と建御雷神が国譲りをめぐって力比べをした様子が記されており、すでに「相撲」という行為が神話の中に登場していました。さらに、古墳時代(3世紀〜7世紀)に作られたとされる土製の相撲人形も見つかっており、当時の人々がすでに力比べを行い、それを生活や祈りに結びつけていたことがわかります。稲作の普及とともに、農民たちは豊作を願って相撲を取り、翌年の収穫を占う祭礼としても位置づけていました。このように、相撲は日本社会において「農耕」「信仰」「力比べ」が融合した文化的行為として発展してきたのです。
宮廷儀式としての相撲
奈良時代から平安時代にかけて、相撲は国家的な行事として宮廷に取り入れられました。「相撲節会(すまいのせちえ)」と呼ばれる儀式では、地方から選ばれた力自慢の者たちが宮廷に集められ、天皇の御前で相撲を取る「天覧相撲」が行われました。この行事は単なる娯楽ではなく、国家的な祭礼や儀式の一部として非常に重んじられていました。相撲を取ることで国家の安泰や豊穣を祈願する意味合いがあり、当時の人々にとっては信仰的な意味合いも強かったのです。相撲が単なる民間の遊びから、国家を象徴する格式高い儀式へと昇華したことは、その後の発展において大きな基盤となりました。
武士の時代と相撲
鎌倉時代から戦国時代にかけて、武士が力を持つ社会になると、相撲は武芸の一部として取り入れられるようになりました。戦場で生き残るためには剣術や弓術と同じように、体力と格闘術が重要視されたからです。戦国大名の中には相撲を非常に好んだ人物も多く、特に織田信長は相撲好きとして有名です。『信長公記』(17世紀初頭の記録)には、信長が毎年力士を集めて相撲大会を催していたことが記されています。相撲は武士たちにとって実践的な鍛錬の場であると同時に、領主や大名の権力を誇示するための催し物でもありました。この時代、相撲は単なる競技を超え、権力や社会秩序とも密接に関わる存在となっていったのです。
江戸時代に確立された大相撲
現在の大相撲のルールや制度が整備されたのは江戸時代です。神社や寺院の修復、橋の架け替えなどを目的とした「勧進相撲」が広まり、観客から料金を取る興行としての相撲が定着しました。これにより、相撲は武士や貴族だけのものではなく、庶民にとっても身近な娯楽として広がっていきました。江戸、大坂、京都といった都市では定期的に相撲興行が開かれ、多くの観客が詰めかけました。その人気は浮世絵師たちによる「相撲絵」や「錦絵」にも表れ、力士の姿は江戸の庶民文化を象徴する存在となっていきます。
しかし、興行の中でしばしばトラブルや乱闘が起きたため、幕府は相撲を禁止することもありました。その一方で、相撲関係者は競技の健全化を進め、勝敗を分ける「決まり手」を48手に整理し、俵で丸く区切られた「土俵」を導入するなど、現在に通じるルールを整備しました。また、弟子を育成する「相撲部屋制度」もこの頃に生まれ、今日の大相撲の基盤が形作られたのです。



伝統文化としての大相撲
明治以降、相撲は日本を代表する国技として定着しました。力士のまげ姿や化粧回し、土俵入りの儀式などには古代から続く伝統やしきたりが受け継がれています。大相撲は単なるスポーツを超え、日本人の精神文化や美意識を体現する存在として発展してきました。戦後には日本全国で相撲人気が高まり、ラジオやテレビ中継を通じて国民的な娯楽へと成長しました。さらに、海外巡業を通じて「はだかの大使」として日本文化を世界に広める役割も担っています。大相撲は今もなお、歴史と伝統を守りながら、新しい時代に適応し続ける日本独自の文化なのです。
相撲の歴史は、日本神話にまでさかのぼる神聖な起源を持ち、宮廷儀式を経て武士や庶民の文化に広がり、やがて国民的娯楽として定着するという長い道のりをたどってきました。江戸時代の興行相撲を基盤に、近代以降は国技として制度的にも整備され、現在では日本を代表する伝統文化として国内外に広く知られています。相撲は単なるスポーツではなく、信仰・武芸・娯楽を融合させた独自の文化遺産であり、日本人の歴史や精神性を映し出す鏡のような存在と言えるでしょう。
小学生の頃、友達と校庭で相撲したことを思い出します。校庭に足で土俵を書いてましたね。特に相撲が好きということはありませんでしたが、親が好きでみていたので生活の中に組み込まれていました。それは友人たちも同じだったのかもしれません。やたら強い友達がいたんですよね。太ってもないのに。あれは技術が優っていたのだろうと今となって思います。懐かしい気持ちになったところで終わりにしようと思います。では、また。
オリジィだよ!相撲の歴史をたどると、ただの勝ち負けを競う競技ではなく、日本人の暮らしや祈り、社会の変化そのものが形になっていることに驚かされます。神話の中の力比べから始まり、宮廷の儀式や武士の鍛錬を経て、庶民の娯楽、そして現代の国技へと成長した流れは、まるで日本史そのものを凝縮したようです。僕は相撲をテレビで見て「強いな」と思うだけでしたが、その背景に何千年もの積み重ねがあると知ると、土俵の一番一番がとても重く見えてきます。
参考文献: Web Japan / Britannica / 刀剣ワールド / 日本相撲協会 / Wikipedia


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