水着は、主に水中活動を行う際に着用される衣服であり、海水浴や競泳などの用途に応じて形状や素材が進化してきました。目的は身体の露出を抑えると同時に、水の中での快適さを保つためのもので、歴史をたどると、時代背景や社会的価値観によりそのあり方が大きく変化しています。
水着の発祥と18〜19世紀の海外の状況
水着の歴史をたどると、その始まりは18世紀のヨーロッパにあります。当時は海水浴が健康に良いと考えられ、男女ともに海へ入ることが推奨されていました。しかし女性にとっては身体を見せることが不適切とされ、着用していたのは肌を隠すためのゆったりとした入浴用ガウンでした。
1767年には、アメリカ初代大統領夫人マーサ・ワシントンが着ていた入浴用ガウンに、裾が浮き上がらないよう鉛の重りが縫い込まれていた記録があります。これは女性の慎みを守るための工夫でした。
19世紀に入ると、海水浴は健康目的からレジャーとしても普及し始めます。女性の水着は日常着のシルエットに近づき、高い襟や長袖、膝丈のスカートにドロワーズとストッキングを合わせるスタイルが一般的でした。素材はウールやコットンで、水に濡れると非常に重くなり、運動には不向きな構造でした。こうした制約のある服装が、のちの水着の進化へとつながっていきます。


20世紀初頭の変化とアネット・ケラーマンの登場
19世紀末から20世紀初頭にかけて、水泳はレジャーからスポーツへと発展していきました。産業革命による鉄道網の整備で海水浴が庶民にも広がり、泳ぐ文化が一般化していきます。1912年のストックホルムオリンピックでは、女性が初めて水泳競技に参加できるようになり、女性用水着にも動きやすさや機能性が求められるようになりました。
この変化を象徴する人物が、オーストラリア出身の競泳選手アネット・ケラーマンです。英仏海峡の横断に挑戦した彼女は、水中で自由に動けるように身体にフィットしたワンピース型の水着を考案し、実際に着用・販売も行いました。従来の重く不格好な水着に比べて格段に実用的でしたが、女性の体のラインを露わにするデザインは当時の社会規範に反するとされ、物議を醸しました。
さらにケラーマンは、アメリカ・ボストンのビーチでこの水着を着用した際、公然わいせつの疑いで逮捕される事件に直面します。しかし判事は「重く不便な水着は水泳には適さない」と判断し、彼女に有利な裁定を下しました。この出来事は大きな注目を集め、女性用水着の歴史における実用性と自由なデザインの受容に繋がる重要な転機となったのです。

1930〜1940年代:戦争と規制が生んだ水着の進化
1930年代になると、肩紐が太く体のラインにフィットする「タンクスーツ」が登場し、スクール水着の原型とも言えるスタイルが一般化しました。この時期から露出は徐々に増え、従来の重たい水着から動きやすく機能的なデザインへと変化していきます。
1940年代に入ると、第二次世界大戦の影響でアメリカでは衣類に使う布地の量を10%削減することが求められました。この規制が水着にも及び、上下が分かれたツーピース型が誕生。水着はますます軽量化・小型化していきました。
1946年、フランス・パリで「ビキニ」が初めて発表されました。デザイナーのルイ・レアールが考案したこの水着は、当時の常識を覆すほど露出の多い大胆なデザインで、人々に強い衝撃を与えました。名称は、同じ年に核実験が行われたマーシャル諸島のビキニ環礁に由来すると広く伝えられていますが、レアール自身は「小ささや軽快さ」を意識して名付けたとも語っています。いずれにせよ、その名前と斬新なデザインは強烈な印象を残しました。
登場当初、ビキニは挑発的すぎるとして多くの国で着用が禁止されましたが、ファッション誌や映画が取り上げたことで次第に注目を集め、やがて女性の自由や解放の象徴として世界中に広がっていったのです。
日本における水着の受容
日本にビキニが紹介されたのは1960年頃のことです。当時は高度経済成長期で、海水浴やプールといったレジャーが一般家庭にも広まり始めていました。海外映画やファッション雑誌を通じてビキニが紹介され、話題にはなったものの、露出度の高さから「過激すぎる」「日本の文化には合わない」といった否定的な意見が多く、公共の場での着用が制限されることもありました。
しかし1960年代後半から1970年代にかけて、女性芸能人やモデルがビキニ姿を披露するようになると、徐々に若者世代を中心に関心が高まっていきます。一方で、一般の女性の間ではワンピース型や露出を抑えたデザインの水着が先に普及しました。やがてリゾート地や観光地でのレジャー文化が拡大する中で、ファッション性の高い水着が多様化し、ビキニも少しずつ受け入れられていったのです。
1950〜1980年代:水着がファッションアイテムに
1950年代にはファッション性を持たせた水着が多く登場し、ディオールは小物と一体化したスタイリングを打ち出しました。ミスコンテストの誕生や、女性をターゲットとしたマーケティングにより、美しい=布の面積が少ないという印象が世界中に広まりました。
素材開発も進み、ポリエステルやアクリルといった合成繊維が使われるようになり、乾きやすさと耐久性を兼ね備えた水着が登場します。1970年代には、スキンスーツと呼ばれる体に密着する競泳水着が東ドイツで使用され、競技での高い成績を残したことで注目を集めました。
2000年代以降:機能とファッションの融合
2000年代には、サメの皮を模した「ファストスキン」などが登場し、2008年にはスピード社が開発したLZR Racerがオリンピックで使用されました。あまりに成績が良すぎたため、翌年から使用が禁止されるなど、素材技術の発展と規制の関係が注目されるようになりました。
また、過去のデザインが再び注目され、1950年代のレトロなワンピース、1980年代のハイレグ、そして1990年代のベイウォッチスタイルなどが現代においても復活しています。
水着は単なる水中用衣類にとどまらず、社会的価値観、技術進化、ジェンダー観の変化を映す鏡とも言える存在です。昔は身体を隠すことが第一の目的だった水着は、時代が進むにつれ、機能性、ファッション性、個性表現の媒体へと変化してきました。現代では、より多様な身体への対応や、性別にとらわれないデザインも進んでおり、今後の進化も期待されます。
しかし昔の女性の水着はさぞかし水の中では動きづらかったでしょうね。水から上がったらすごく気持ちが悪そう。それでも当時では仕方がなかったのでしょうけど。
オリジィだよ!水着って、ただの夏のアイテムかと思いきや、めちゃくちゃ深い歴史があったんだね……!「隠す」から「泳ぐ」、そして「魅せる」へと変化してきたのが面白い。アネット・ケラーマンの逮捕エピソードは衝撃的だけど、それが水着の自由化のきっかけになったと思うと感慨深いな。水着って、時代と価値観を映す鏡なんだね。
参考文献: Wikipedia / TURBO / 市場情報と雑学と / FASHION HISTROY TIMELINE


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