道を歩けば当たり前のように目に飛び込んでくる自動販売機。冷たい清涼飲料水に、あたたかい缶コーヒー。さらにはアイスクリーム・カップラーメン・軽食など様々な種類があります。まるで静かに店番をしてくれている箱のように、そこにあることがもはや自然となりました。
現金やICカードをかざし、ボタンを押すだけで商品が出てくるという便利な仕組みは、現代の私たちにとって特に何も考えずに使える装置ですが、当然ながら最初からこの形だったわけではありません。
この便利な「無人の販売装置」は、いったい誰が、どこで、いつ、どのように発明したのでしょうか?日本における自動販売機の歴史は、明治時代までさかのぼります。
現存する最古の自販機を作った男、俵谷高七
自販機の「はじまり」としてよく知られているのが、俵谷高七(たわらや・こうしち)です。1904年(明治37年)、彼が発明した「自働郵便切手葉書売下機(じどうゆうびんきってはがきうりさげき)」は、郵便切手や葉書の販売口を備え、下部に硬貨返却口と郵便ポストも装備された多機能型の自販機であり、郵政博物館の資料によると、向かって右側に切手販売口、左側には葉書販売口、中央下部には売切表示が備わっていたと明記されています。
この装置は現存する日本最古の自動販売機として現在も郵政博物館にて再現展示されています。つまり、「実際に作られ、使われた」記録が明確に存在する装置として、俵谷の功績は広く認められているのです。
その16年前、「考案」していた男がいた
しかし、それよりもさらに16年前の1888年(明治21年)3月、小野秀三(おの・しゅうぞう)は「物品を販売する自働販売器」の特許を出願していました。特許明細書には、「箱の中に機械を設置し、所定の量の銅貨を入れることで機械を作動させ商品を販売するために使う装置である。適正な軽重・大小の銅貨が投入されたとき、機械の自動作用によって物品を箱の外に送り出す」と記されており、いわば、硬貨による機械作動と商品排出を組み合わせた仕組みです。
この発想は、貨幣の大きさや重さをもとに真贋を判別し、正しい貨幣でのみ商品を販売するという構造を備えており、当時としては非常に革新的なものだったのでしょう。現代の自動販売機に通じる「自動判別・自動排出機構」の原型が、すでにこの時点で描かれていたのです。
ただし、小野の発明は特許明細に詳細な構想が記されていたものの、実際に製造・使用された記録はなく、あくまで“構想段階”にとどまっていたと考えられています。
小野の構想を、俵谷が形にした
小野が特許を出願した同じ1888年の12月、俵谷高七も「たばこ自働販売器」の特許(第964号)を出願しています。この発明は、小野の構想を発展させたもので、偽硬貨の排除や売り切れ時の硬貨返却といった、現代の自販機にも通じる機能がすでに設計段階で盛り込まれていました。とくに、売り切れに伴って投入された硬貨を返却する仕組みは、ユーザーの利便性と安全性を高めるものとして、当時としては非常に先進的なアイデアだったと言えるでしょう。
ただし、この装置については実物が現存しておらず、実用化された記録も残っていません。とはいえ、その構想の完成度の高さから、俵谷の技術的な先見性は明確に読み取れます。
なぜ俵谷の名が残り、小野の名は忘れられたのか
では、なぜ俵谷高七の名前ばかりが語られ、小野秀三の名が歴史に埋もれてしまったのでしょうか?
最大の理由は、「実物が存在したかどうか」にあります。小野の装置には、実際に作られたという証拠が残っておらず、展示もされていません。その一方で、俵谷の自販機は製造され、試用され、記録にも残されています。
また、俵谷は自動販売機以外にも、郵便ポストや乗車券自販機、くじ自販機など、公共性の高い装置を数多く手がけています。こうした実績の積み重ねによって、俵谷の名前は“最初の発明者”として記憶されるようになったのかもしれません。
今日、私たちが何気なく押している自動販売機のボタン。その背後には、想像と挑戦、構想と実装というふたりの発明家の物語があります。先に「思いついた人」がいて、それを「形にした人」がいた。この静かなリレーこそが、日本の自販機文化の土台なのです。その最初の一歩を知れば、いつも見慣れた自販機が、少しだけ特別な存在に見えてくるかもしれません。
思い返せば、子どもの頃に家の近くにあった個人商店の前には自販機が4台もありました。置いてあった赤い自販機でジュースを買ったときのわくわく感は、いまだに鮮明に覚えています。今ではキャッシュレスで当たり前のように買えるけれど、硬貨を入れてガチャッと音がして飲み物が出てくる瞬間の高揚感は、きっと自販機が登場した当時の人々も感じたのではないかと考えてしまいます。
オリジィだよ。うわ〜これはめっちゃ面白い!!自販機って、なんとなく最初からそこにあった気がしてたけど、まさか明治時代からの“構想バトル”があったとは…!小野さんの「描いた未来」を、俵谷さんが「形にした」っていうのもグッとくるし、実物があったかどうかで歴史に残るかが決まっちゃうって、なんか切ない…。
参考文献: 郵政博物館 / 飲料自動販売機技術発展の系統化調査 / 建設コンサルタンツ協会



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