現金が手元になくても買い物や各種支払いができ、今や私たちの日常生活に欠かせないツールとなっているクレジットカード。クレジットカードを提示して後払いが可能になるのは、カード保有者に支払い能力があ現代社会において、電話は最も広く利用されている通信機器であり、世界中で数十億台が使われています。電話は安価で操作が簡単、そして他のどの手段でも得られない即時性と個人的なコミュニケーションを提供します。しかし、私たちが日常的に使うこの便利な装置の起源は、長年にわたる論争と、複数の技術革新によって形作られてきました。本記事では、その複雑な電話の歴史を、真の発明者をめぐる物語から、日本の通信網の進化、そしてモバイル革命に至るまで辿ります。
電話の真の発明者をめぐる長年の論争
長らく、電話の発明者といえば、スコットランド生まれの科学者アレクサンダー・グラハム・ベルだとされてきました。彼は1876年に電話の特許を取得したからです。しかし、このシンプルな問いに対する答えは、数十年にわたって複雑でした。実際、2002年に米国議会がアントニオ・メウッチを正当な発明者として認めるまでは、ベルが発明者であるという見解が支配的でした。

アントニオ・メウッチ:「テレトロフォノ」の誕生
電話を最初に発明したのは、イタリア出身のアントニオ・メウッチでした。彼はこの装置を「テレトロフォノ(telettrofono: イタリア語)」と名付けていました。もしこの名前が維持されていれば、今頃私たちは「テレトロフォノ」のブログを読んでいるかもしれません。メウッチは1854年に、自宅の上階にある寝室に寝たきりでリウマチを患っていた妻と通信するために、この装置を作りました。メウッチは1860年にこの発明を公に発表しましたが、特許を取得するための予算の不足や、試作品の紛失、妻が生活費のために発明品の設計図を売却せざるを得なかったといった一連の不幸に見舞われ、特許出願の機会を失いました。

アレクサンダー・グラハム・ベルと特許の力
メウッチの公的な認知の試みは、ベルの財力と賄賂を含む影響力によってすべて失敗に終わりました。ベルは1876年3月7日に電話の特許を取得し、そのわずか3日後、助手のワトソン氏に「ワトソン君、ここへ来なさい、君に会いたい」という有名な呼びかけを行いました。この特許の大きな成功と普及は、グラハム・ベルの認知度を大いに高めました。彼は論争はさておき、1877年にベル電話会社を設立し、この装置を大量通信の手段へと変えました。この会社は合併と改変を経て、現在の世界最大の電気通信会社の1つであるAT&Tのルーツとなっています。
発明者の正式な承認と論争の終結
1世紀半後の2002年6月11日、米国議会はその決議269において、メウッチを電話の発明者として認めました。議会記録では、「もしメウッチが1874年以降に10ドルのプロバイザ(特許維持のための費用)を支払うことができていれば、ベルに特許が発行されることはなかった」と認識しています。この決議により、「アントニオ・メウッチの生涯と功績、そして電話を発明した彼の業績が認められるべきである」とされました。
電話交換と自動化の夜明け
電話が誕生した初期の段階では、通話はすべて電話交換手(オペレーター)による手動接続で行われていました。電話交換手は、発信者からの呼び出しを受けて、自分と相手の電話を繋ぐ役割を担っていました。しかし、この手動交換の時代から、19世紀末には自動交換へと移行する興味深い出来事がありました。カンザスシティ(ミズーリ州)で葬儀屋を営んでいたアルモン・ブラウン・ストロージャーは、顧客を失っている原因が、市内の電話交換手が夫が経営する競合の葬儀屋に全ての通話を転送していたことだと突き止めました。この個人的な不利益をきっかけに、ストロージャーは友人の助けを借りて、1892年に最初の完全自動式交換機を建設しました。これは「ステップ・バイ・ステップ」システムとして知られ、当初は99人の加入者に対応していました。ストロージャーはこの発明の特許を1,800ドルで売却し、1898年には彼の会社(Strowger Automatic Telephone Exchange)の株を10,000ドルで売却しました。その後、ベル社(AT&T)は1916年にこのストロージャー交換機を250万ドルで購入しましたが、都市部でのスタッフのストライキ後に自動化を決定した1920年まで使用されることはありませんでした。
日本における電話通信の黎明期
実用的な電話機がベルによって発明された1876年からわずか1年後の1877年(明治10年)には、電話機が日本に渡来しました。当時、横浜にあったバヴィア商会によって商品化されていた2台の電話機が輸入されたとされています。輸入されたベルの電話機は直ちに工部省で通話実験が行われ、翌1878年(明治11年)6月には電信局製機所で模造が試みられ、日本初の国産電話機が2台完成しました。
1890年(明治23年)12月16日、東京・横浜間で電話サービスが開始され、これが日本の電話創業の始まりとなりました。創業時には、イギリスから輸入されたガワー(Gower)の発明した送話器とベル電話機を組み合わせたガワーベル電話機が採用され、日本の最初の実用機として約6年間使用されました。当初、東京の加入者は155人、横浜は42人でした。当時の電話料金は月額制で、現在の約15万円に相当する高額であり、一般庶民は電報を利用する時代でした。1896年(明治29年)にはより高感度のデルビル送話器を用いたデルビル磁石式電話機が採用され、これは小規模局で昭和40年頃まで約70年間使用されることになりました。
通話の自動化と固定電話の普及
関東大震災後の復旧を機に、手動交換方式の限界を解決するため、1926年(大正15年)に東京と横浜に初めて自動交換局が設けられました。1933年(昭和8年)には、後に黒電話の原型となる送受話器を連結した斬新なスタイルの3号電話機が誕生しました。これは筐体(きょうたい)に初めてベークライトが使用され、約30年間にわたり日本の代表的な標準電話機として活躍しました。
戦後、1952年に日本電信電話公社(現NTT)が発足しました。公社は国民の「すぐつながる電話」への要望に応えるべく、技術開発を進めました。1962年(昭和37年)に登場した600形電話機は、通話性能と経済性の両面で「完成された電話機」と評価され、多くの家庭に普及し、「黒電話」としてこの時代の最も一般的な通信手段となりました。この機種は4号電話機の3倍以上の感度を持ち、初めてプリント配線が導入され、信頼性と量産性が向上しました。その後、交換手を通さずダイヤル操作で直接通話できる自動式(ダイヤル化)は徐々に拡大し、小笠原諸島を含む全国のダイヤル即時通話が完成したのは1979年(昭和54年)です。

モバイル革命:ポケットベルと携帯電話の進化
固定電話網の進化と並行して、移動通信のニーズが高まりました。日本では、1968年(昭和43年)に、オフィスを離れて仕事をする営業担当者向けの連絡手段としてポケットベル(無線呼び出しサービス)が始まりました。当初はベルが鳴るだけで公衆電話から折り返し連絡する必要がありましたが、後に数字やカタカナが表示できるようになりました。最盛期には契約数が600万件を越え、若者の間で数字を使った言葉遊びによる文字コミュニケーションツールとしても利用されましたが、携帯電話の普及に伴いサービスは終了しました。
世界では、1973年にモトローラ社のエンジニア、マーティン・クーパーが最初の携帯電話での通話を行いました。日本では、1987年(昭和62年)にハンドヘルド型(手に持って歩ける)の携帯電話サービスが開始されました。当初は重量約900gあり、契約者数は初めて10万件を突破しました。これ以前の1985年には、重量2.5キロのショルダーホン(自動車電話の発展形)が登場していましたが、初期の携帯電話は高額で富裕層のステータスシンボルでした。

しかし、1991年(平成3年)に「世界最小・最軽量」を目指した携帯電話「mova」が誕生し大ヒットしたことで、そのイメージは一新され、多くの人にとって不可欠なコミュニケーションツールへと変貌を遂げました。1999年には、NTTドコモが携帯電話のインターネット接続サービス「iモード」を開始。煩雑な設定が不要で、携帯電話から直接インターネットへアクセスできるこのサービスは爆発的に普及し、サービス開始からわずか1年で利用者が1,000万人に達しました。
さらに、1994年にはIBMの「Simon」が史上初のスマートフォンとして登場し、通信だけでなく私たちの日常生活のほぼ全ての側面を完全に変えるデバイスの時代が始まりました。日本では2005年にドコモからスマートフォンが初登場し、2011年には携帯電話の台数を超え、その後の主流となりました。

電気通信の始まりから現代に至るまで、電話の進化は驚くべき速さで進んでいます。メウッチが病気の妻との会話のために作った原始的な「テレトロフォノ」から始まり、ベルが実用化し、日本で黒電話として普及し、そして光ファイバー技術やIOWN構想といった最新のデジタル通信基盤を経て、電話は世界中の人々を結びつける普遍的な存在となりました。
新しい技術が登場するとき、社会は懐疑心や恐れを抱くことがあります。スウェーデンでは、かつて説教者が電話を「悪魔の道具」になぞらえ、多くの人々が電気ショックや悪霊を恐れて電話に触れるのを拒否したという歴史もあります。しかし、テクノロジーは常に私たちの生活に深く影響を与え、恐怖だけでなく希望ももたらし続けています。電話の歴史は、単なる機器の進化ではなく、人間が常に「遠くの音(tele-phone)」を求め、繋がりを渇望してきた歴史そのものであると言えるでしょう。いくでしょう。
電話の歴史を手元で楽しめるミニチュアアイテム
電話の長い歴史を辿ってきたこの記事の最後に、ちょっとした“お楽しみ”として、電話のミニチュアをご紹介いたします。黒電話やレトロ電話のミニチュアはインテリアとしても存在感があり、机や棚にひとつ置くだけで、歴史の余韻がふっと漂います。記事で触れた「交換手時代」や「黒電話の普及期」の空気を思い出させてくれるような、小さなタイムトラベル気分を味わえるアイテムです。
飾るだけでお部屋の雰囲気が変わり、歴史好きの方やレトロ雑貨がお好きな方には特に相性の良い小物です。電話という発明が歩んできた長い道のりを、手のひらサイズで気軽に楽しめるアイテムとして、気分転換やデスク周りのアクセントにもおすすめいたします。
オリジィだよ!電話って、ただ“もしもし”する道具じゃなかったんだね。病気の奥さんと話したいって気持ちから始まったって知って、ちょっと胸があったかくなったよ。黒電話もカッコいいし、歴史って案外ドラマチックなんだね。」
ノロジィだよ。初のスマートフォンって意外と昔からあったんだねー。知らなかったよ。しかし、最近ほとんど電話という機能を使ってないんだけど、みんなどれくらい使ってるのかな。
参考文献: Britannica / Telefonica / NTT / NTT西日本 / デンマメ


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