冷たい甘味として世界中で親しまれているアイスクリームですが、その起源や歴史は意外にも古く、さまざまな文化圏で独自に発展してきました。本記事では、古代から現代に至るまでのアイスの発祥と歴史を、世界と日本それぞれの視点から、事実に基づいて詳しく紹介していきます。
古代から中世へ:氷菓の起源は健康食品だった
アイスの起源は、古代において雪や氷に甘味料を加えた冷たい菓子にさかのぼります。アラブ、古代ギリシャ、ローマ、中国などの各地で、氷に蜜や果汁をかけて口にする習慣が存在していました。
古代ギリシャでは、アレクサンダー大王は、山から氷雪を運ばせ、その氷に果汁と糖蜜を加えた冷たい飲み物を愛飲していたと伝えられています。古代ローマでも皇帝ネロが、バラやスミレの花水、蜂蜜、果汁を氷と混ぜた菓子を楽しんでいたといわれています。これらはいずれも、甘味と冷涼感を持つ「氷菓」としての役割を担っていました。
中国からヨーロッパへ:冷却技術の進化とアイスの変化
13世紀ごろ、中国から伝わった氷菓の製法がイタリアに伝えられたとする説があり、マルコ・ポーロがその一端を担ったとも伝えられています。
16世紀には、イタリアの学者ジマラが硝石を用いて冷却効果を生む技術を発見したことで、氷を使わずに材料を冷やす方法が確立され、製法の幅が広がりました。
パリとアメリカで進化するアイス:産業化と多様化のはじまり
17世紀末、パリの「カフェ・プロコープ」では、ホイップクリームを凍らせた「グラス・ア・ラ・シャンティ」や、卵を使った「フロマージュ・グラス」といった乳成分主体の冷菓が提供され、これが現代のアイスクリームの原型となりました。
18世紀後半から19世紀にかけて、アイスクリームはアメリカへと伝わりました。1700年ごろには、メリーランド州の知事を訪れた客の手紙に「アイスクリーム」の言及が記されており、これがアメリカでの最古の記録とされています。
1851年、ヤコブ・フッセルが余剰ミルクの活用方法としてアイスクリームの生産を始めたことが、世界初のアイスクリーム産業化とされています。これにより、アイスは大量生産が可能な商品へと変化しました。
サンデーとパフェの登場:アメリカでのアイス文化の広がり
19世紀末、アメリカでは「サンデー」や「パフェ」といった新しいスタイルのアイスが登場しました。サンデー(Sundae)というアイスデザートは、1881年にウィスコンシン州のエド・バーナー(Ed Berners)によって考案されたとされています。彼は日曜日にチョコレートソースをかけたアイスクリームを5セントで提供しており、その曜日にちなんだ名称が用いられました。
また、イリノイ州のある酒場では「サンデー・スペシャル」として同様のチョコレートがけアイスが出されて人気を博しましたが、宗教的な配慮から安息日を意味する“Sunday”の綴りを避け、“Sundae”という表記が採用されたと伝えられています。
禁酒法時代と冷凍技術:アイスの爆発的普及
1920年代のアメリカ禁酒法時代には、ビール会社などがアイスクリーム事業に参入し、技術革新が進みました。チョコレートコーティングされたアイスバー、包装機の登場、そして冷凍氷菓「ポプシクル」の開発などにより、アイスの種類と供給力が大幅に拡大しました。
日本におけるアイスの発祥:あいすくりんの登場と高級品化
1860年(万延元年)、日米修好通商条約承認のため渡米した遣米使節団に随行した医官が記した『柳川日記』には、次の記述があります。
「珍しき物あり。氷をいろいろに染め、ものの形を作り、是を出す。味は至って甘く、口中に入るるに忽ち溶けて、まことに美味なり。之をアイスクリンといふ」
この記述が、日本人によるアイスクリームに関する最古の記録とされています。
1869年(明治2年)6月(新暦7月)、町田房蔵が横浜馬車道通りで氷と塩を使用し、牛乳・卵・砂糖を原料とする「あいすくりん」の製造・販売を開始しました。これが日本初のアイスクリームとして広く知られています。
明治から大正へ:国産アイスと技術の導入
明治8年(1875年)頃、東京・麹町の洋菓子店「村上開新堂」でアイスクリームの販売が始まりました。1902年には銀座の資生堂がアイスクリームを提供し始め、鹿鳴館でも外国客をもてなす際にアイスクリームが用いられていました。国内において徐々にアイスクリーム文化が広まっていきました。
工業化の進展と駅売りアイスの誕生
1920年(大正9年)、東京深川の冨士食料品工業(現・森永乳業グループ)が、米国製のアイスクリームフリーザーを導入し工業生産を開始しました。翌1921年(大正10年)には極東煉乳三島工場(現・明治)が同様に製造を開始しました。これによって、ブリックアイスと呼ばれる棒形のアイスが生産され、駅売りを通じて三色アイスとして人気を集めました。
戦争による中断と戦後の再スタート
1941年(昭和16年)、太平洋戦争の影響で日本国内のアイスクリーム製造は停止されました。戦後しばらくは氷菓(アイスキャンデー)が主に供され、1950年代初頭までアイスクリームの復活は限定的でした。
カップアイスとホームランバーの時代:昭和の成長期
昭和28年(1953年頃)には国産カップ専用充填機が稼働し、国産カップアイスが普及し始めました。同時期、協同乳業がデンマーク製の製造機を取り入れ、昭和31年(1956年)には1本10円のアイスバーが発売され、さらに昭和35年(1960年頃)には“当たり付き”の「ホームランバー」が登場し、子どもたちの間で特に人気を得ました。
このように、アイスクリームは古代の健康食品的な氷菓からスタートし、ヨーロッパで技術的な進化を経て、アメリカでの工業化を迎え、日本には幕末に伝わり明治・大正期を経て本格的に定着しました。昭和期には国産化と大衆化が進み、現在の多様なアイス商品へとつながっています。アイスクリームの歴史をたどることは、人々の嗜好や食文化、技術の発展の流れを読み解くことにもつながっています。
アイスはおいしいですよね。ただし気をつけないといけないのが、毎日食べていたら太ります。一時期、毎日食べていたらあっという間に太りました。アイスの種類にもよるんでしょうけど、僕はバニラが好きなのでそればかりが原因だったのでしょうか。健康診断で医師にしっかりと注意されてしまい、それからはやめました。
オリジィだよ!えっ、アイスって昔は“健康のため”に食べられてたの!?甘くて冷たいだけじゃなく、アレクサンダー大王やネロ皇帝まで楽しんでたなんて、ちょっとびっくりだよ〜。しかも「アイスクリーム」が大量生産されるようになったのは、余ったミルクを使うためだったとか、すごく現実的な理由!そして日本での「あいすくりん」デビュー…高級品だったのが、昭和には子どもの味方「ホームランバー」になったって流れ、なんかロマンあるよね。アイスって、時代とともにこんなに変化してきたんだ。次に食べるときは、ちょっとだけ先人たちに感謝しながら食べちゃいそうだよ
参考文献: アイスクリーム協会 / 日本乳業協会 / 日本ソフトクリーム協議会 / Wikipedia


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