ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は、世界各国の野球代表チームが集い「真の世界一」を争う大会として知られています。しかし、その誕生には、単なるスポーツイベントの枠を超えた様々な事情や背景がありました。本記事では、WBCが開催されるに至った経緯を、事実に基づいて丁寧に解説します。脚色や推測を一切排除し、歴史的事実のみに焦点を当てて構成しています。
MLBの国際化と多国籍化が進んだ1990年代後半
1990年代後半から、アメリカのメジャーリーグ(MLB)では東アジア諸国や中南米諸国出身の選手が目立つようになりました。特に日本、韓国、台湾、ドミニカ共和国、キューバなどの国々からの選手が、アメリカ球界で頭角を現すケースが増え、MLBの選手構成は急速に多国籍化していきました。
こうした変化を受けて、MLB機構は単にアメリカ国内のリーグ運営にとどまらず、グローバル戦略として、国外での開幕戦やプロモーションを積極的に行うようになります。実際に、2000年代初頭には日本やメキシコで開幕戦が開催されました。
この流れの中で、当時のMLBコミッショナーであったバド・セリグ氏が、野球の世界的な地位向上と市場拡大を狙い、「野球の世界一決定戦」の創設を提唱したことが、WBC誕生のきっかけとなりました。
「世界一決定戦」構想の現実化と日本との交渉
バド・セリグ氏が提唱したこの構想は、MLBと選手会が共同で設立した運営団体ワールド・ベースボール・クラシック・インク(WBCI)によって実行に移されます。
2005年5月には、翌年2006年3月にWBCを開催することが正式に発表されます。7月にはMLBオールスターゲームの場で記者会見が行われ、大会の名称が“World Baseball Classic”と決定しました。このとき、アメリカ、プエルトリコ、オランダ、ドミニカ共和国、カナダ、オーストラリア、韓国、パナマなどの選手代表が出席しました。
一方で、日本プロ野球(NPB)側の参加については、最初から順調だったわけではありません。当初NPBは、MLBによる一方的な開催通告や利益配分への不満から、参加を保留していました。選手会も時期の問題や選手の負担増加を理由に、2005年7月には一度「不参加」を決議しています。
しかしMLB側は、日本が不参加の場合には経済的な補償を求める姿勢を見せ、さらに「日本の国際的孤立」を警告するなど、強い圧力をかけてきました。このやりとりの末、2005年9月、日本プロ野球選手会は方針を転換し、参加の意向を表明。これにより、日本の正式な参加が決定し、記念すべき第1回WBCが開催されることになります。
野球五輪除外とWBC創設の関係
WBC創設の背景にはもう一つ、国際大会の構造的な問題も存在していました。2005年、国際オリンピック委員会(IOC)は、野球とソフトボールを2012年のロンドン大会から除外することを決定しました。これにより、野球が国際舞台で注目を集める機会が減少することが確実となり、MLB側は五輪に代わる「グローバルな野球大会」が必要だと判断しました。この流れが、WBC創設の追い風となったのです。WBCはその後、オリンピックの野球競技に代わる最高峰国際大会として位置付けられていきました。
小ネタ:大会名発表の裏で起きた“国別ホームランダービー”
WBCという大会名が発表された2005年のMLBオールスターウィーク。実はこの年、ホームランダービーが「国別対抗戦形式」で実施されるという珍しい試みがなされていました。この特別ルールのホームランダービーには、各国を代表するスラッガーが出場し、野球の“グローバル化”を象徴するイベントとして位置づけられました。これは大会本体とは直接関係しないものの、WBC創設に向けた機運を高める象徴的な一幕だったと言えるでしょう。
WBC初開催へ、そして現代へ
2006年3月、WBCの第1回大会がついに開催されます。MLB機構が選出した16か国・地域が出場し、初代王者には日本代表が輝きました。この大会の成功により、WBCは定期開催されることが決まり、以降4年ごとに実施されています(※第5回はコロナの影響で2023年開催)。MLB機構は、この大会を「五輪に代わる野球のグローバルイベント」として今後も育成していく意向を持ち続けています。
WBCが誕生した背景には、MLBの国際戦略、選手の多国籍化、五輪からの野球除外、そして日本との厳しい交渉がありました。一つのスポーツ大会が成立するには、政治的・経済的な駆け引きが複雑に絡み合うことがわかります。純粋にスポーツを楽しむ舞台の裏側には、実に多面的な起源と背景があるのです。WBCの成り立ちを理解することで、この大会に込められた意義をより深く感じることができるでしょう。
2023年のWBCの記憶が新しいですが(2025年9月時点)、自分は2009年の韓国戦が特に記憶に残っています。スポーツ番組を見るために有休を使うということを初めてしてしまうくらいみたかった試合でした。有休をとって良かった、むしろ取らずにリアルタイムで見れていなかったら確実に後悔していた試合内容でした。最後ののイチローの決勝打。鳥肌が立ってしまうほど感動しましたし、普段テレビで観戦していて声なんて出さなかったんですが、こればっかり声が出てしまいましたね。もちろん2023年のWBCも声が出てしまう場面が多くとても印象深かったです。さて、来年また開催されます。どんな展開になるか、楽しみに待ちましょう!
WBCって、もっと気軽に始まったイベントかと思ってたよ。でも実は、五輪の除外とか、日本の参加問題とか、いろんな事情が絡んでたんだね。“世界一”って言葉の裏には、ちゃんと理由があったんだな〜。
参考文献: スポスル / IT media ビジネス / SPAIA / Wikipedia


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