歯ブラシの起源:古代の「噛み木」から近代の「毛ブラシ」へ

古代人が現代の歯磨きで歯を磨いている様子の画像

普段何気なく手に取る歯ブラシは、私たちの生活においてなくてはならない存在です。実際、2003年にアメリカで行われた調査では、アメリカ人の中では自動車や携帯電話といった発明品を抑え、歯ブラシが「なくては生きていけない発明品」の第1位に選ばれています。

しかし、現代のような形態の歯ブラシが世界中に普及し、口腔衛生の習慣が根付くまでには、数千年にわたる試行錯誤の歴史がありました。その道のりは、紀元前の古代文明で使われた木の枝から始まり、中国での革新的な発明を経て、西洋での産業化、そして20世紀の化学素材「ナイロン」による大衆化へと続きます。

本記事では、「歯ブラシの起源」をテーマに、人類が歯の健康を守るために用いてきた道具と習慣の壮大な歴史を、具体的な発明や文化の変遷とともに辿ります。

人類最古の口腔衛生具「噛み木」

歯を清掃しようとする人類の試みは、非常に古く、現代のブラシとは大きく異なる「噛み木(チュー・スティック)」にその起源が見られます。

記録に残る最も古い口腔衛生の遺物は、紀元前3500年のバビロニアで発見された噛み木です。これは木の枝や小枝を噛んでほぐし、歯を磨くために使われたもので、反対側の尖った部分はつまようじとして利用されていました。同様の噛み木は、紀元前3000年のエジプトの墓からも発見されています。また、中国の記録にも紀元前1600年から記述が見られます。歯ブラシの先祖にあたる道具としては、この噛み木の他に、木の小枝、鳥の羽、動物の骨、ヤマアラシの針などが発掘されています。

古代ギリシャでは、歯を布やスポンジで擦る習慣が人気でしたが、噛み木の文化はインドやイスラム世界で特に発展しました。

東洋とイスラム圏の伝統的な歯木文化

特定の植物の枝を使う文化は、地域ごとに独自の発展を遂げました。

インドでは、古くからニーム(Neem)の木の小枝が使われていました。このニームの樹液には、虫歯を抑制する成分が含まれていたことが知られています。このニームの枝は、現代のインドでも「ダトゥン(datun)」として歯磨きに用いられることがあります。

イスラム世界においては、サルバドーラ・ペルシカ(アラビア語でアラク、「歯ブラシの木」としても知られる)から作られる「ミスワク(miswak)」の使用が重要な習慣とされています。ミスワクは敬虔な行為(pious action)と見なされており、ハディース(預言者ムハンマドの言行録)によって、一日に5回行われる祈りの前など、特定のタイミングで使用すべきだと規定されていました。サルバドーラ・ペルシカには、研究で口腔内細菌や歯垢(プラーク)の増殖を抑制するなど、強力な薬理学的特性を持つことが文書で確認されています。

日本には、6世紀に仏教伝来とともにインドから「歯木(しぼく)」が伝わりました。当初は上流階級が身を清める儀式として行われていましたが、インドのニームの木がなかったため、代わりに楊柳(ヤナギ)の小枝が使われました。この楊柳の枝を使う習慣は、後に「房楊枝」として庶民にも広がり、大正時代まで使われていました。

中国での「毛ブラシ」の発明と西洋への伝播

現代の歯ブラシに最も近い原型が発明されたのは、中国です。

現代の歯ブラシの原型となる最初の毛ブラシは、中国の唐の時代(619〜907年)に発明されました。のブラシは、 シベリアや中国北部の豚の粗い毛(剛毛)を、竹や骨の柄に植え付けたものでした。

その後、1223年に中国を旅した日本の禅師である道元は、中国の僧侶が牛骨の柄に馬の尾の毛を付けたブラシで歯を磨く様子を目撃し、それを記録しています。

この毛ブラシは旅人によってシルクロードを経てヨーロッパに伝わりましたが、ヨーロッパではすぐに普及せず、17世紀から18世紀にかけても、歯ブラシは象牙、金、銀などが使われた稀な高級品として富裕層に利用されていました。

西洋で歯ブラシが普及するきっかけを作ったのは、イギリスのウィリアム・アディスです。1780年頃、彼は刑務所に収監中に、ぼろ布に煤や塩をつけて歯を磨く方法に疑問を感じました。彼は食事の残り物の骨に穴を開け、看守から手に入れた毛の束を植え付けてブラシを製作したとされています。釈放後、アディスは馬毛と骨で作られた歯ブラシを販売する事業を立ち上げ、成功を収めました。彼の会社(Wisdom Toothbrush/Addis Housewares)は今日まで存続しています。

アメリカでは、1857年にH.N.ワズワースが歯ブラシの最初の特許を取得しましたが(米国特許第18,653号)、本格的な大量生産は1885年頃から始まりました。

近代日本における歯ブラシの国産化と「萬歳歯刷子」

日本における西洋式の歯ブラシの導入は、明治時代(19世紀後半)になってからです。

1872年(明治5年)に大阪で、インドから輸入されたイギリス製歯ブラシを手本に、鯨のひげの柄に馬の毛を植えた「鯨楊枝」が初めて製造・販売されました。当初は「楊枝」と呼ばれていましたが、1890年(明治23年)の第三回内国勧業博覧会で「歯刷子(はぶらし)」という名称が初めて使用されました。

この習慣を広めたのが企業努力です。1896年(明治29年)に「獅子印ライオン歯磨」を発売した後発の小林商店(現ライオン)は、単に商品を売るだけでなく、「歯をみがく」という生活習慣と口腔衛生思想の普及に努めました。

歯ブラシの研究は一時遅れていましたが、大正時代に入り、東京歯科医学専門学校(現・東京歯科大学)の指導のもと、小林商店は歯ブラシの製造に着手します。そして、1914年(大正3年)に、歯ブラシの基本型となった「萬歳歯刷子」を発売しました。

萬歳歯刷子の主な特徴は以下の通りです:

  1. 毛の素材: 弾力性が高く切れにくい中国重慶産の豚毛を主に使用。
  2. 柄の素材と形状: 強靭で熱湯消毒に耐える牛骨を使用し、使いやすいように外側に湾曲させている。
  3. 植毛: 硬い毛を使い、毛の束を歯の列に一致させて清掃能率を高めた。

しかし、柄に使われた牛の脛骨(すねの骨)からは柄が1本しか取れなかったため、萬歳歯刷子は非常に高価な高級品でした。戦争による牛骨不足から、1939年(昭和14年)には耐熱性合成樹脂製が、その後セルロイドが使われましたが、太平洋戦争が始まると竹や木で代用されるようになりました。

素材革命:ナイロンと現代歯ブラシの誕生

初期の歯ブラシは動物の毛(豚毛、馬毛、イノシシの毛など)を使用していましたが、動物毛はバクテリアを保持しやすく、乾燥しにくいという衛生上の欠点がありました。

この状況を一変させたのが、アメリカの化学者ウォーレス・カロザース博士率いるデュポン化学会社が1935年に発明したナイロンです。ナイロン繊維は、従来の動物毛に比べて有害な細菌を繁殖させにくく、製造がより簡単かつ安価になり、大量生産を可能にしました。

世界初のナイロン毛歯ブラシは、デュポン社によって1938年2月24日に発売されました。

アメリカでは、第二次世界大戦後、帰還兵が軍隊で義務付けられていた口腔衛生習慣を自宅に持ち帰ったことがきっかけとなり、歯ブラシの使用が一般化しました。

日本においては、戦後の素材研究が進み、1959年(昭和34年)にライオンからナイロン製の「ライオン歯刷子・ナイロン1号」が発売されました。当時の価格は1本100円で、かけそばが30〜40円の時代としては高価なものでした。

その後、歯ブラシのデザインは多様化し、1977年にはジョンソン・エンド・ジョンソン社から歯科器具に似た角度を持つ「リーチ」歯ブラシが導入されるなど、様々な革新がもたらされました。また、1954年にスイスで最初の電動歯ブラシ「Broxodent」が発明され、1960年代にアメリカ市場に登場しました。現代では、ナイロン毛に加え、竹ビスコースや、タフトブラシ、歯間ブラシなど、特定の用途に合わせた多様な製品が広く使用されています。


歯ブラシの歴史は、古代バビロニアの「噛み木」に始まり、インド、イスラム圏、中国、そしてヨーロッパを経て、技術革新を繰り返してきた数千年の旅路でした。中国での豚毛ブラシの発明が現代の原型を生み出し、イギリスのウィリアム・アディスによる大量生産の開始が西洋での普及を後押ししました。

日本では、明治時代に西洋のブラシが導入され、高価な牛骨製の「萬歳歯刷子」を経て、戦後のナイロン素材への転換により、衛生的かつ安価な製品が誕生しました。

現代の歯ブラシは、この長い歴史と、歯科医師、行政、企業の粘り強い取り組み、そして高分子化学の進歩の賜物です。私たちが日々使用するこのシンプルな道具は、「むし歯撲滅」から「健康寿命の延伸」へと変化した口腔衛生の目標を支え続けています。しかし、多様なブラシが存在する現代においても、硬すぎるブラシの使用や不適切なブラッシングは歯や歯肉を傷つけるリスクがあるため、正しい方法を身につけることが重要である、という指摘もされています。

最初はただの木の枝をカミカミしてたなんて、まるで野生のサバイバルだよ。でもそこから豚の毛、牛の骨、ナイロン、そして今の電動ブラシまで……人間の“歯への執念”ってすごいなって思ったよ。特に印象に残ったのは、中国の豚毛ブラシと、明治時代の「萬歳歯刷子」。なんか名前からしてめっちゃ誇らしげじゃない?「歯を磨くぞ、ばんざーい!」みたいな。しかも牛の骨から1本しか作れないって、職人魂がビシビシ伝わる。それにしても、ナイロンが発明されてから一気に“みんなの歯ブラシ”になったんだね。科学と衛生が合体して、やっと世界中の歯がピカピカになったって感じ。。

ノロジィだよ。歯医者に行くたびに歯ブラシは鉛筆を持つ持ち方で力を入れずに磨くことがいいと教わるんだけど、すぐ忘れちゃう。気がつけば力を入れてゴシゴシやったるんだよね。僕は半年に一回はクリーニングしてもらってるんだけど、歯医者に行かない人は本当に行かないよね。ものすごく溜まってるんじゃないのかなと考えてしまうよ。

Posted by Originology

世界には、たくさんの「はじまり」があります。その“はじまり”に出会うたび、「これって、どんなきっかけで生まれたんだろう?」と想像がふくらみます。Originologyは、そんな“はじまりの風景”をめぐる記録です。